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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)6384号 判決

原告 中山恵里

右法定代理人親権者父 中山敏之

同母 中山邦子

右訴訟代理人弁護士 越山康

同 河原正和

被告 有限会社 大興商事

右代表者代表取締役 大橋金四郎

右訴訟代理人弁護士 多賀健次郎

同 土門宏

主文

一  被告は原告に対し金一一九万六七四六円及びこれに対する昭和五〇年八月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和五〇年八月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四九年二月一〇日午後二時ころ、被告の経営する東京都中央区八重洲四丁目一番地所在喫茶店「ヒルトン」店内において、客としてテーブルに坐っていたとき、被告の従業員が過失により配膳中の盆を転覆させたため、盆上の昆布茶の熱湯が原告の右前腕部及び右大腿部にかかり、右各部を火傷をした。原告は、右火傷の治療のために約二ヶ月の通院を余儀なくされたうえ、更に右前腕部に将来形成手術を必要とする熱湯瘢痕の後遺障害を残するに至った。

2  右事故は、被告の従業員がその業務を執行中過失によって発生させたものであるから、被告は民法七一五条により原告の被った後記損害を賠償する義務がある。

3  原告は右事故により次の損害を被った。

(一) 治療費 金一万七二五円(原告が、本件火傷の治療のため、小沢整形外科医院に二六日通院し支払った治療費)

(二) 通院付添費 金三万円(右外科病院を含め本件火傷の治療のための通院に両親が付添った一日金一〇〇〇円の割合による三〇日分の付添費用)

(三) 通院慰藉料 金三〇万円

(四) 後遺障害に対する補償計金一三六万二〇〇〇円

(1) 形成手術費用金一〇六万二〇〇〇円(原告が女児であること、患部は、瘢痕ケロイドが正常皮膚とかなり異なった形で膨隆し、外観上見にくく、その上、前腕の露出部であることから形成手術が必要であり、そのために要する費用)

(2) 慰藉料金三〇万円(後遺障害によって現に受けている精神的苦痛、右手術に伴う肉体的精神的苦痛等の慰藉料)

(五) 弁護士費用 金一七万円(原告は、本件訴訟追行のため原告訴訟代理人と訴訟委任契約を締結し、前記(一)ないし(四)の請求額の約一割に相当する金一七万円を報酬として支払う約束をした)

4  よって、原告は被告に対し、右合計額金一八七万二、七二五円の中、金一五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五〇年八月二二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告主張の日時に被告の経営する喫茶店において、被告の従業員が火傷した事実及び配膳中の昆布茶をこぼし、そのために原告が火傷をした事実は認めるが、右従業員に過失があることは争い、その余の事実は不知。

2  同2の事実中、被告の従業員がその業務を執行中に本件事故を発生させたことは認め、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は不知。

4  同4は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が、昭和四九年二月一〇日午後二時ころ、被告の経営する東京都中央区八重洲四丁目一番地所在の喫茶店「ヒルトン」店内において、被告の従業員が配膳中の昆布茶をこぼした熱湯のため火傷をした事実(以下、本件事故という。)は当事者間に争いがない。

二  前記争いのない事実及び《証拠省略》によれば、本件事故の原因は、被告の従業員が原告の注文したアイスクリームを原告の坐っているテーブルの上に置く際に、誤って盆の上にのせていた昆布茶をこぼしたことにより発生したものであること、そのため原告に熱湯がかかり、原告は大腿部と右前腕部に火傷(以下、本件火傷という。)を負ったこと、が各認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実よりみれば、被告の従業員の過失により原告は本件火傷を負ったことが認められ、また、被告の従業員がその業務執行中に本件事故をおこし、原告に本件火傷を負わせたことは当事者間に争いがない。してみると被告は使用者として本件事故により原告の被った後記損害を賠償する義務があるというべきである。

三  そこで原告の被った損害について判断する。

1  治療費

《証拠省略》によれば、本件火傷の治療のため、原告は小沢整形外科医院に昭和四九年二月一二日から同年三月二六日までの間二六日間通院加療をし、同病院に治療費一万〇七二五円を支払った事実が認められる。そして右治療費は本件事故による損害であることは明らかである。

2  通院付添費

前記認定のように、原告は小沢整形外科医院に昭和四九年二月一二日から同年三月二六日までの間二六日間通院加療をしたほか、《証拠省略》によると、その後も原告は、右医院に一ヵ月約一回の割合で同年の一〇月頃まで通院し、その他にも東京医科大学病院や国立ガンセンターに来院し診断を求め、少なくとも合計延べ日数三〇日間は通院したこと、及び幼児である原告を通院させるため母親の中山邦子が三〇日間に渡って付添ったことが認められる。そして幼児である原告が通院するためには、親の付添いが必要と解せられ、その費用は一日につき一〇〇〇円とみるのが相当である。よって右通院付添費合計三万円は本件事故と相当因果関係にある損害である。

3  形成手術費用

《証拠省略》によれば、昭和五二年二月二二日現在において、本件事故により火傷を負った原告の右肘伸側部は、巾三糎、長さ五糎の楕円形大の瘢痕ケロイド状を呈し、右瘢痕ケロイドは周囲の正常皮膚面より隆起して硬く、且つ茶褐色をしていること、そして原告が女児であること、前記認定のように瘢痕ケロイドが外観上みにくい状態であり、患部が前腕の露出部であること等から、医学的にも形成手術が適応であり、両親も右手術を強く望んでいること、右形成手術は、原告(昭和四五年八月二九日生)が小学校を入学する前後にするのが最も適していること、形成手術は、二回に分けておこなわれ、第一回目と第二回目の手術は六ヶ月以上間隔をあけることが必要であり、第一回目の手術は皮膚移植手術でありその費用は四七万円(手術料一〇万円、入院費二万円×一四日間、全身麻酔料四万円、その他五万円)であり、第二回目の手術は植皮辺縁の瘢痕矯正手術であり、その費用は一二万二〇〇〇円(放射線治療費五万円、通院費三〇〇〇×二四回)であること、が各認められる。

ところで、将来の手術費については、支払予想額から遅延損害金の起算日より支出予想時までの中間利息を控除するのを相当とするところ、本件では遅延損害金の起算日が昭和五〇年八月二二日(本件記録上訴状送達日が昭和五〇年八月二一日であることは明らかである。)、第一、第二回目の手術の適切な時期がそれぞれ昭和五二年四月、同年一〇月前後であるからホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除すると第一回目の手術費用は四三万五五二一円(単位未満切捨以下同様)、第二回目の手術費用は一一万〇五〇〇円となる。すなわち遅延損害金の起算日である昭和五〇年八月二二日当時の本件手術に要する費用は計五四万六〇二一円である。

4  慰藉料

原告は、通院慰藉料と後遺障害についての慰藉料とに区別して別個に請求するが、一個の不法行為によって生じた精神的苦痛を慰藉するため損害賠償として一括して判断するのを相当とするところ、前出鑑定の結果によれば、形成手術後も、現今の医学水準では、原告の瘢痕ケロイド状態は完全にもと通りに修復することが出来ないこと前記認定の火傷の程度及び治療に要した日数等を総合勘案すると原告の慰藉料としては金五〇万円をもって相当とすべきである。

5  弁護士費用

《証拠省略》によると、本件訴訟提起前、原告の父親である中山敏之は被告に対し、本件事故による治療費等の支払いを求めたが、被告に誠意がなく右要求に応じないため、止むなく本件訴えを提起し、右訴訟追行を弁護士越山康、同河原正和に委任したことが認められる。

右事情のもとでは、適正相当額の弁護士費用は本件不法行為と相当因果関係に立つ損害と解せられるところ、本件事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を考慮すると本件弁護士費用は金一一万円が相当である。

四  よって原告の被告に対する本訴請求は金一一九万六七四六円を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 満田忠彦)

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